藤岡正明インタビュー
ミュージカル界を牽引する俳優・歌手として活躍する藤岡正明が、自身が主宰するユニット以外での初の演出に挑む。20世紀を代表する詩人、シルヴィア・プラスの壮絶な生涯を日本初のミュージカルとして演出を手掛けるにあたり、彼が抱えるプレッシャー、作品への深い洞察、そして「生きる」ことへの真摯な問いかけを、稽古直前の率直な言葉から紐解く。

藤岡にとって、他者の脚本・戯曲を演出するのは今回が初めての挑戦となる。
日本初という点について、藤岡は「いい意味で言えば、自由度が高い」と語る。
藤岡「僕はキャストを導いていくことも含めて、その空気感は開演前からお客さまに伝わっていくものだと思っているので、そういった意味で稽古場のあり方とか、作品との向き合い方が試される気はしているのでプレッシャーは感じています」
――演出となるとキャスティングなど様々な部分にも関わってくると思いますが、藤岡さんはどの辺りに関わっていらっしゃるのでしょうか?
藤岡「全部関わらせてもらってますね。キャスティングから美術や台本、歌詞の精査、音楽的なことも含めて様々な部分をプロデューサーと相談させてもらっていて、そういう意味ではいい環境でやらせていただいています」
本作で主人公シルヴィアを演じるのは、人気・実力ともにトップランナーである平野綾。藤岡は、この役を平野氏に熱望していた。
藤岡「なぜ受けてくれたのかご本人に聞いた時に、まずこういう小劇場で1か月近いロングランをやるということ、テーマ性があって大変であろうことが予想される作品をやることは、すごく挑戦になると。
今のミュージカル業界は、大きな劇場を埋めるとなるとダブルキャスト、トリプルキャストになって、そうすると例えば2日に1回公演があればいいですけど、3日に1回とかっていうことも中にはあったりして、リズムが作りにくかったり、役に没頭しにくかったりする部分があるんだと思うんですよね。彼女は大劇場が多いと思うので、そういったところも含めてチャレンジングだって思ってくれたんじゃないかな、と思っています」
――そしてシルヴィアと一心同体というヴィクトリアとの関係をどう描くのかとても気になっています。
藤岡「ヴィクトリアを演じる富田麻帆ちゃんとは20年近い付き合いになるんですよ。様々な作品で一緒にやってきて、本当に彼女の作品にかける想いとか、取り組んでいる姿勢も見てきました。実は平野綾ちゃんと麻帆ちゃんは年齢が一緒で子役時代からお互いを知っている、気心が知れている2人なんです。背丈もほぼ同じで、この2人の共演には意味があると思っています」

なぜ女性の生涯を描いた作品を、女性ではなく男性が演出するのか。プロデューサーがこの戯曲を藤岡氏に託した意図、そして藤岡氏自身の作品へのアプローチとは。
――本作、シルヴィア自身の印象はいかがですか?
藤岡「痛烈でしたよね。脚本は女性目線なので女性の演出家でいいような気もしますが、
そこを僕が男性目線で補完することで、シルヴィア・プラスという人が、どうしてそこに至ったのか、より骨太になる気はしています。そういった意味で、自分自身が演出をやる意味を現状では見出せているつもりではあります」
プロデューサー「演出を女性にお願いしようと思った事はあったんです。シルヴィア・プラスが生きていた時代の背景は、彼女が才能を認められなかった原因や文壇からあまり歓迎されなかったのは、男性社会の構造とか女性にそんな才能があるわけないとか、そういうことから派生しているので。でもそうすると作品自体が女性の苦しみだけを描く方向性が強くなってしまう可能性があるかも知れないと思って。
どちらかというと人生を肯定したい願望が強く描かれている作品なので、男女関係なく
それを届けたい意味では、大変かもしれないけど女性の物語を男性が演出することでまた違った文脈を届けられるかも知れないと思ったんです」
――プロデューサーからオーダーはあったのでしょうか?
藤岡「作品の捉え方というか、この作品はどこに落ち着くべきなのか、何を持って帰ってもらうか、みたいなことはいろんなところでお話していますけど面白くて、今のところ大きくズレてる感じがないんで、スムーズに進んでいると思っていますが、そのスムーズに進んでいることは怖いよねって話はしています(笑)。ちょっと違う観点を持っている方がいると、なるほどね、みたいなことの掛け合いになったりもするので、そろそろズレが出てきても面白いですよね、きっと(笑)」
シルヴィアという人物像について、藤岡は現時点で「答えを出したくない」という。
藤岡「自分の中でこういう人だって決めてしまうとすると、演者が演じた時に僕はそこを無意識のうちに受け入れなくなっちゃうような気がしていて。そういう落とし穴に過去自分が落ちてきたので、“こういう人物”とは思わないようにしています。
最近すごく思うんですよ。人間ひとりの人生って一体なんなんだろうなと。
脳の思考、感情、渦巻いているもの分量は膨大で、自分では推し量れない。
それをシルヴィア・プラスさんに当てはめるとすると、これはもう余計に膨大です。
開幕まで彼女は何を思っていたんだろうと、ずっと考え続けて稽古に挑みたい、それが今の率直な気持ちです」
シルヴィアの自叙伝とも言われる長編小説『ベル・ジャー』を読み込み、舞台脚本家(チョ・ユンジ)がそれを深く作品に投影していることを理解した上で、藤岡は「これから何度も『ベル・ジャー』を読み返して、シルヴィア・プラスさんという方と会話してみたい」と、飽くなき探求心を見せる。
プロデューサー「『ベル・ジャー』は、アメリカでは今の10代~20代の女の子にとても人気があるそうです。日本ではどの年代の人が読んでいるかわからないけど、新翻訳の装丁を見る限りだと、若者向けに書き直されているのかなと感じますね」
――舞台化を発表した際も、シルヴィア・プラスやるんだ!みたいな書き込みは多数見かけましたし、日本でも著名人のオススメに上がるなど『ベル・ジャー』は注目されているようです。
プロデューサー「序盤は軽やかなティーン小説みたいに始まるから、何故こんなに世界的に受け入れられているのかと思って読み進めて、100ページを過ぎたぐらいの頃からだんだんと」
藤岡「想いと労力をかけたい熱意があるお客様は、是非先に『ベル・ジャー』を読んで劇場に来ていただくのもオススメです」
本作のタイトルは『シルヴィア、生きる』。「亡くなった」でも「生きた」でもなく、「生きる」という現在進行形であることに、本作の重要なメッセージが込められている。
なぜこの壮絶な物語をストレートプレイではなく「ミュージカル」で上演するのか。
藤岡は、その理由を「どこかで昇華していかないといけない」と説明する。
藤岡「この作品自体のテーマにもなっているような気がしますが、シルヴィアさんに限らず、いろんな人が無意識に生きてる。今日1日、よし生きるぞって思って生きているわけじゃなくて。でも中にはその1日生きたことに強い実感を感じている人もいるし、必死で生きようとしてる人もいる。その生々しさがシルヴィアさんの小説にもあるし、この戯曲の中にもあるんです。
生きて欲しいという願いが込められていると思うので、生きることを選択するところに向かっていく作品にしたいと。ストレートプレイだと前向きに終われないというか、だからミュージカルにしなきゃいけなかった」
観客が劇場を出た時に、「辛い」という気持ちではなく、「自分自身も生きているこの時間を実感する、感じて何かのきっかけになったらいい」という願いが込められている。

プロデューサーは、本作のテーマの一つを「承認欲求」と捉えている。
プロデューサー「あの世界を最初にやろうと思った理由の1つは、時代が変わっても承認欲求というのは基本的に変わらないんだと。シルヴィアが持っていたのは、今目の前にいるこの人に、自分が生きている実感を感じさせてほしいっていうもの。
演出家に託すとしたら、最後はウエットではなくて、解放されたと感じられる状態で終わって欲しいかな」
藤岡は、シルヴィア・プラスやミュージカル版のクリエイターが持っていたような「生き直しの願望」を自身が持ったことがない、真逆の人間であると語る。
藤岡「今課題に思っているのは、僕自身がそういった願望を持ったことがない真逆の人間であること。8歳の時に人生80年だとしたら、自分の人生の10分の1が終わったって悲観していたんです。でも40歳を超えたころから、あきらめにも似たものは生まれるようになったんですけど(笑)だから彼女たちの気持ちがわかるかって言われると、わからないんです。だからこそ、ずっと向き合っていかないといけないなと思いますね」
――最後にメッセージをお願いいたします。
藤岡「僕のことを知っているお客さまに向けてしまうことが大変心苦しいのですが、今まで僕がやってきた作品、関わってきた作品で、自分の中で勝算があるものをやってきたつもりです。僕がこれは絶対にいいものになると、僕のファンの方やお客様にお伝えしたことで、大きく裏切ったことはないはずだと自負しています。騙されたと思って必ず1度は観に来ていただいて、そしたらもう1回観たい、もう2回もう3回と思ってもらえるんじゃないかと強く思っています。劇場でお待ちしております」